底なし袋の中

個人的なこと

語る

「わたしの母親、酒乱だったんだよねえ」

 まるでなんでもないことのように、彼女はそう言った。差し出された腕には、煙草の火を押しつけられたのだという、白くて丸い傷跡が点々と続いていた。

 そうだったんだ。蚊の鳴くような声で返した後、「私の母親もさ」と言いかけた途端、息がうまく吐けなくなる。

 私の母親がいったいどんな人間なのか、簡潔に伝えることのできる言葉を、私は持っていない。そもそもそんな言葉はこの世界に存在しないのだということも、なんとなく察しはついている。

 

 母親について語ろうとするとき、私は、空中に放り出されたような心許なさをおぼえる。四肢をじたばたさせてみても、掴めるものは何もないし、地に足がつくこともない。

 声を出そうと思えば思うほど、力が抜け、握りこぶしさえうまく作れなくなる。震えを悟られないように手の甲に爪を立てながら、その場におよそふさわしくない半笑いを浮かべてしまう。そんな過程を経てようやく、私は語りの入り口に立つことができる。

 つらいなら無理に話さなくてもいいよ、と言われることもあるけれど、話すこと自体がつらいのではない。

 私がこれから言おうとしていることは、果たして真実なのだろうか。私の被害妄想なのではないか。大げさに捉えているだけではないだろうか。

 そんなふうに、紛れもない私自身の中から溢れてくる、疑念の波に苛まれることがつらいのだ。

 

「いろいろあって、今は距離を置いてるんだ」

 それ以外の言葉を、彼女にも伝えられる日が来るかもしれないし、来ないかもしれない。来なくてもいいのかもしれないし、来たとしても伝える必要はないのかもしれない。

 今はただ、それでいいのだと思う。